東京高等裁判所 平成4年(行ケ)114号 判決 1995年9月20日
東京都千代田区神田駿河台四丁目6番地
原告
株式会社日立製作所
代表者代表取締役
金井務
東京都千代田区大手町二丁目6番2号
原告
バブコック日立株式会社
代表者代表取締役
加納忠勝
原告両名訴訟代理人弁理士
本多小平
同
谷浩太郎
同
古賀洋之助
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
指定代理人
松井佳章
同
山田幸之
同
田中靖紘
同
市川信郷
同
土屋良弘
主文
特許庁が、昭和63年審判第2964号事件について、平成4年4月2日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告ら
主文と同旨
2 被告
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告らは共同して、昭和55年1月11日、名称を「排煙脱硫方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭55-1283号)が、昭和63年2月3日に拒絶査定謄本の送達を受けたので、同年3月2日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を昭和63年審判第2964号事件として審理し、平成元年12月14日、特許出願公告をした(特公平1-59004号)が、特許異議の申立てがあり、さらに審理した結果、平成4年4月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月11日、原告らに送達された。
2 本願特許請求の範囲第2項記載の発明(以下「本願第2発明」という。)の要旨
二酸化硫黄を含有する燃焼排ガスを二酸化硫黄吸収塔の下部より供給し、その上部より供給された石灰石スラリーと接触させて前記排ガス中より二酸化硫黄を吸収し、該二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーを前記吸収塔の下部に設けられたタンクを介して循環タンクに供給し、該循環タンク底部近傍の前記石灰石スラリーを攪拌し、前記循環タンクの下部より取出し再び前記吸収塔に供給するとともに、前記二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリー中の石膏を回収する脱硫方法であって、前記タンク内の低pH石灰石スラリー中に空気を供給して前記石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化し、pHを上昇させて前記循環タンクに供給することを特徴とする排煙脱硫方法。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第2発明は、本出願前に国内に頒布された刊行物である「PROCEEDINGS: SYMPOSIUM ON FLUE GAS DESULFURIZATION-Hollywood, FL, November 1977 (Volume 1)」(1978年3月発行。以下「引用例」といい、その発明を「引用例発明」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願第2発明の要旨、引用例の記載事項の認定は認め、本願第2発明と引用例発明の一致点、相違点の認定及び相違点の判断は、以下の点を争い、その余は認める。
審決は、引用例発明の技術内容を誤認し、本願第2発明と引用例発明との相違点を看過して一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、相違点の判断を誤り(取消事由2)、さらに、本願第2発明の顕著な効果を看過し(取消事由3)、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、「本願第2発明の二酸化硫黄吸収塔の下部に設けられた『タンク』は引用例の二酸化硫黄吸収塔の下流に小タンクを介して設けられた『流出液保持タンク』に対応し」(審決書5頁2~5行)、引用例発明の「流出液保持タンクの底部に供給され該タンク内で空気により酸化される石灰石スラリーのpHは低く」(同5頁8~10行)と認定するが、誤りである。
本願第2発明の特徴とする構成は、その要旨に示されるとおり、「二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーを吸収塔の下部に設けられたタンクを介して循環タンクに供給し」、「前記タンク内の低pH石灰石スラリー中に空気を供給して石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化すること」である。
本願第2発明において、酸化用の「タンク」(以下「小型タンク」という。)を吸収塔の下部に設けたのは、吸収塔において二酸化硫黄を吸収しpHの低くなった石灰石スラリーをそのまま受け入れるためであって、この低pHのスラリー中に空気を吹き込むことにより、亜硫酸カルシウムを極めて高い酸化率で酸化することができ、その結果、酸化用のタンクの容量を小容量として、従来の大容量の酸化塔を不要とし又は省略することができるのである。
これに対し、引用例発明の酸化用のタンクである流出液保持タンク(甲第3号証訳文では、「排出集合タンク」)は、吸収塔の下部に設けられた中間のタンク(以下「中間タンク」という。)から、離れた場所に設置されており、石灰石スラリーは、吸収塔下部から中間タンク、ポンプを介して、流出液保持タンクに供給されている。したがって、中間タンクからのスラリーは、その全量がポンプにより攪拌移送されることから、石灰石の未反応成分が溶解しスラリー中の硫酸と反応するので、スラリーのpHは上昇する。また、流出液保持タンクの上部出口から、同タンク内においてpHの高くなった未反応スラリーが、中間タンクに供給混合され、スラリーは、再び流出液保持タンクの底部に供給されるので、さらにpHが上昇してしまう。これらの理由により、流出液保持タンクの底部に供給されるスラリーのpHは、吸収塔出口のそれよりも相当上昇しているものと認められ、これを、審決の上記認定のように、「石灰石スラリーのpHは低く」ということはできない。
このため、引用例発明の流出液保持タンク内においては、亜硫酸カルシウムの高い酸化率(酸化速度)の酸化は望めず、流出液保持タンクは、大容量とならざるをえないと考えられる。
このように、本願第2発明の小型タンクと引用例発明の流出液保持タンクは、その設置箇所、機能、容量に大きな隔たりがあり、両タンクが対応しているとはいえず、また、本願第2発明の小型タンク内のスラリーのpHが低いのに比較して、引用例発明の流出液保持タンク内のスラリーのpHは高いという相違がある。
しかるに、審決は、この相違点を看過し、本願第2発明と引用例発明とは、「前記タンク内の低pH石灰石スラリー中に空気を供給して前記石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化し、pHを上昇させて前記循環タンクに供給する点で軌を一にし」(同6頁2~6行)として、一致点の認定を誤った。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)
審決は、本願第2発明と引用例発明の相違点に対する判断において、「本願第2発明もその第4図から明らかなように、タンク14内の石灰石スラリーはポンプによりタンク内を循環しながら酸化されているものと認められるから、酸化に際し石灰石スラリーをタンク内に循環させる点で両者は異なるところがない」(審決書7頁5~10行)、「二酸化硫黄吸収塔からの石灰石スラリーを酸化用のタンクヘ供給するに際し引用例に記載の発明のように中間に貯溜用タンクを介して酸化用のタンクに供給するように構成するか、或いは本願第2発明のように二酸化硫黄吸収塔から直接その下部に設けた酸化用のタンクヘ供給するように構成するかは単なるプラント設計上の事項であり、当業者は適宜選択して設計することができるもの」(同7頁11~18行)と判断したが、誤りである。
本願第2発明において、石灰石スラリーは吸収塔から直接その下部の小型タンクに、移送用のポンプを用いることなく供給され、タンク内には、エジェクタにより空気が供給されるのみであるから、スラリーのpHは吸収塔から出たままの低さであり、亜硫酸カルシウムの酸化率を高めることができる。
これに対し、引用例発明は、酸化用のタンクである流出液保持タンクの上流に中間タンクが設けられているので、この中間タンクから流出液保持タンクヘスラリー全量をポンプで移送しなければならず、そのため、スラリーがポンプにより攪拌されて、スラリー中の石灰石と硫酸及び亜硫酸カルシウムとの反応が促進される結果、スラリーのpHが上昇するので、亜硫酸カルシウムの高い酸化率が望めず、大容量のタンクを要することは前述のとおりである。
したがって、審決が、排ガス吸収後の石灰石スラリーを、引用例発明のように中間タンクを介して酸化タンクに供給するように構成するか、本願第2発明のように吸収塔から直接その下部に設けた小型タンクヘ供給するように構成するかを、単なる設計上の事項と判断したのは、誤りである。
3 取消事由3(顕著な効果の看過)
本願第2発明は、小型タンク内の低pH石灰石スラリー中に空気を供給して、酸化率を高め、従来の大容量の酸化塔を不要とし又は省略することができ、したがって、排煙脱硫装置全体の設備を小規模とすることができることは、前述したとおりである。
これに対し、引用例発明は、流出液保持タンク内のpHが高いため、酸化率(酸化速度)が極めて低く、勢い、流出液保持タンクは非常に大容量となる。
審決は、本願第2発明と引用例発明との間のこのような大きな効果上の差異を看過して、「引用例の発明の作用効果に比し、格別顕著なものがあるとは認められない」(審決書8頁4~6行)と誤って判断した。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1について
本願第2発明と引用例発明は、ともに、循環タンク以外に、空気吹き込みにより亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化するための酸化用のタンクを別途設けている。
引用例発明において、酸化用のタンクである流出液保持タンクの設置場所は二酸化硫黄吸収塔であるスクラッバーの下方寄りであり、また、中間タンクも二酸化硫黄吸収塔の下部に設けられている(甲第3号証訳文4頁図1)のであって、本願第2発明の小型タンクの設置箇所と実質的に変わるところがない。
原告らは、引用例発明では、スラリーがポンプにより流出液保持タンクに移送される際に攪拌され、そのpHが上昇する旨主張するが、本願第2発明でも、本願の図面(甲第2号証図面)第4図から明らかなように、スラリーは酸化に際し循環適路を介して小型タンクを循環しており、循環通路内のスラリーは、エジェクタにより空気が混入されているから、このスラリーが小型タンクに供給される時点では既にpHは上昇している。また、スラリーとともに導入された空気が亜硫酸カルシウムと効率よく反応するためには、空気を導入されたスラリーと小型タンク内の亜硫酸カルシウムを含む低pHのスラリーとが均一に混合攪拌される必要があり、混合攪拌される点では、本願第2発明も引用例発明と同一であるから、混合によるスラリーのpH変化の程度は両発明とも同程度であるということができ、酸化効率からみて、その容量に実質的な差異があるとは考えられない。
したがって、本願第2発明の小型タンクと引用例発明の流出液保持タンクとの間で、設置箇所、機能、容量に実質的な差があるということはできない。
2 取消事由2について
一般に、エジェクタにより空気を吸引する場合には、エジェクタ内に高速で流体を流す必要があり(乙第1号証)、本願第2発明の場合は、小型タンク内のスラリーをポンプにてエジェクタに送り、高速流体としてスラリーを高速でエジェクタ内に流して空気を吸引し、ついで空気混合スラリーを小型タンクに戻し、循環させているものである。このように、本願第2発明においても、スラリーの酸化の際に、石灰石スラリーはタンク内を循環しているから、審決の認定に誤りはない。
また、引用例発明の流出液保持タンクの設置箇所、機能、容量については、前記のとおり、本願第2発明の小型タンクのそれと実質的に同程度のものであるから、酸化用タンクヘの石灰石スラリーの供給方法が単なる設計上の事項であるとした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3について
引用例発明の流出液保持タンクの機能、容量については、上記のとおり、本願第2発明のタンクの機能、容量と実質的に同程度といえるので、本願第2発明の作用効果は格別顕著とは認められないとの審決の判断に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由について
(1) 本願第2発明の要旨が前示のとおりであり、引用例に審決認定の記載事項があることは、当事者間に争いがない。
この事実によれば、本願第2発明と引用例発明とは、「二酸化硫黄を含有する燃焼排ガスを二酸化硫黄吸収塔の下部より供給し、その上部より供給された石灰石スラリーと接触させて前記排ガス中より二酸化硫黄を吸収し、該二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーをタンクを介して循環タンクに供給し、該循環タンク底部近傍の前記石灰石スラリーを攪拌し、前記循環タンクの下部より取出し再び前記吸収塔に供給するとともに、前記二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリー中の石膏を回収する脱硫方法であって、前記タンク内の石灰石スラリー中に空気を供給して前記石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化し、pHを上昇させて前記循環タンクに供給する」点で一致するものと認められる。
すなわち、両発明とも、二酸化硫黄吸収塔と循環タンクの間に、酸化用のタンクを設け、このタンク内において、石灰石スラリー中に空気を供給して石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化し、スラリーのpHを上昇させて前記循環タンクに供給する点において差異はないが、本願第2発明では、この酸化用のタンクを吸収塔の下部に設けて、吸収塔からスラリーを直接に受ける構成を採るのに対し、引用例発明では、吸収塔の下部に中間タンクを設け、これに吸収塔からスラリーを一旦貯溜し、その後、ポンプにより酸化用のタンクである流出液保持タンクに供給する構成を採る点で相違するものと認められる。
(2) この事実と本願明細書(甲第2号証)中の既に確立されている石灰石-石膏法による湿式脱硫プロセスを説明した部分の「吸収塔入口におけるスラリーのpHは通常6前後であるが、吸収塔出口、即ち亜硫酸ガス吸収後においてはpHはほぼ5~4まで低下する。亜硫酸ガス吸収後のスラリーは、循環タンクに導かれ、ここで石灰石の溶解とともにpHが元の値に回復した後、再び吸収塔に循環される。」(同号証3欄6~11行)との記載、本願発明についての「このpHの低下したスラリーに空気を供給して亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化することは効率の高い酸化が得られる」(同5欄31~33行)との記載によれば、本願第2発明において、吸収塔と循環タンクとの間に酸化用のタンクである小型タンクを設け、これを吸収塔の下部に設置して吸収塔からのスラリーを直接に受ける構成を採ったのは、吸収塔から出た直後のpHが低いスラリーをpHが低いままで小型タンクに収め、これに空気を供給して効率よく亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化するためであり、本願第2発明の特許請求の範囲に、「吸収塔の下部に設けられたタンク」として、小型タンクの設置箇所を規定するとともに、「前記タンク内の低pH石灰石スラリー中に空気を供給して」として、空気の供給される小型タンク内のスラリーのpHが低いことを規定しているのは、この趣旨であると認められる。
一方、引用例発明においては、前示のとおり、二酸化硫黄吸収塔(甲第3号証・引用例原文208頁図1の「SO2SCRUBBER」、なお、訳文4頁図1の「酸素スクラッバー」は「二酸化硫黄スクラッバー」の誤記と認める。)の下部に中間タンクを設け、これに吸収塔からスラリーを一旦貯溜し、その後、ポンプにより酸化用のタンクである流出液保持タンク(前同図1の「排出集合タンク」)に供給する構成を採っており、前示当事者間に争いのない審決認定の引用例の記載事項によれば、吸収塔の出口における石灰石スラリーのpHは、強制酸化を行ったランD、Eで5.2と低いが、この低pHの石灰石スラリーは酸化用のタンクである流出液保持タンクに送られる前に、上記ポンプでもって強く攪拌されるから、スラリー中のアルカリ成分である未溶解の石灰石が溶解することを避けられず、したがって、スラリーのpHは、吸収塔の出口におけるpHの値より高くなるものと認められる。
また、引用例(甲第3号証)の図面第1図(訳文4頁)には、流出液保持タンクの上部から左下方の中間タンク内の液面に向かって矢印が記載されていることからみて、流出液保持タンク内において空気の供給により亜硫酸カルシウムが硫酸カルシウムに酸化されてpHの高くなったスラリーが一部中間タンクに供給され、この中間タンクで、吸収塔からの低pHのスラリーと合流する構成であると認められ、これによっても流出液保持タンクに供給されるスラリーのpHが上昇するものと認められる。
すなわち、引用例発明においては、流出液保持タンクの底部に供給される石灰石スラリーのpHの値を、吸収塔出口のそれと同程度に低いままに抑制するという技術思想はなく、これを実現するための構成も備えていないものと認められる。
(3) 上記引用例発明においてスラリーがポンプにより流出液保持タンクに移送される際に攪拌され、そのpHが上昇する点につき、被告は、本願第2発明でも、スラリーは酸化に際し循環通路を介して小型タンクを循環しており、循環通路内のスラリーは、エジェクタにより空気が混入されているから、このスラリーが小型タンクに供給される時点では既にpHは上昇している旨、また、スラリーとともに導入された空気が亜硫酸カルシウムと効率よく反応するためには、空気を導入されたスラリーと小型タンク内の亜硫酸カルシウムを含む低pHのスラリーとが均一に混合攪拌される必要があり、混合攪拌される点では、本願第2発明も引用例発明と同一であるから、混合によるスラリーのpH変化の程度は両発明とも同程度であるということができる旨、主張する。
しかし、この主張において被告が本願第2発明と引用例発明とを比較しているのは、本願第2発明における小型タンクと引用例発明における流出液保持タンクにおける酸化工程についてであることは明らかである。この酸化工程についていえば、両者とも、スラリー中の亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化するためにタンク内に空気を導入し、さらに酸化効率を高めるために必要ならば、スラリーを混合攪拌するという同じ手段を採用していると認められ、両者の機能に差異がないことは、むしろ当然であって、この両者のタンクにおける機能が同一であることが、酸化用のタンクに送られる直前のスラリーのpH値に上記の差異があることの反論にならないことはいうまでもない。
この被告の主張が典型的に示しているように、審決書(甲第1号証)の記載を検討しても、審決において、本願第2発明と引用例発明における前示構成の差異が有する技術的意義につき考察を加えた形跡は、これを見出すことはできない。
(4) そして、本願明細書(甲第2号証)中の「水溶液中の亜硫酸カルシウムの酸素酸化は、良く知られているように、溶解した亜硫酸イオンと酸素による反応であり、その速度は、溶液のpHが低く、亜硫酸カルシウムの溶解度が大きくなる程速い」(同号証5欄24~28行)との記載に照らせば、酸化工程に供されるスラリーのpH値が吸収塔の出口における低いpH値のままである本願第2発明と、これよりもpH値が上昇している引用例発明においては、酸化工程において、亜硫酸カルシウムの酸化効率に自ずと差異が生じ、本願第2発明の方が引用例発明よりも高い酸化速度を確保することができ、ひいては、酸化用のタンクの容量にも差異が生ずるものと認められる。
したがって、審決が、本願第2発明と引用例発明との一致点の認定において、「前記タンク内の低pH石灰石スラリー中に」(審決書6頁2~3行)として、両者において、酸化用のタンクに供給されるスラリーのpH値が同じであると認定したことは、上記に述べた構成の差異に基づくpH値の差異を看過した誤りがあるといわなければならず、これによって生ずる効果の相違をも正当に考慮しなかったことに帰するのであって、この誤りが、審決の相違点及び作用効果についての判断、ひいては、審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 よって、原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)
昭和63年審判第2964号
審決
東京都千代田区神田駿河台4丁目6番地
請求人 株式会社日立製作所
東京都千代田区大手町2丁目6番2号
請求人 バブコツク日立株式会社
東京都千代田区丸の内1-5-1 株式会社日立製作所 特許部内
代理人弁理士 小川勝男
東京都千代田区丸の内1-5-1 株式会社日立製作所 特許部内
代理人弁理士 高田幸彦
東京都千代田区丸の内1-5-1 株式会社日立製作所 特許部内
代理人弁理士 作田康夫
昭和55年特許願第1283号「排煙脱硫方法」拒絶査定に対する審判事件(平成 1年12月14日出願公告、特公平 1-59004)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和55年1月11日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告された明細書並びに図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項及び第2項に記載された「排煙脱硫方法」にあるものと認められる。そして、特許請求の範囲第2項に記載された発明(以下本願第2発明という。)は、次のとおりである。
「2.二酸化硫黄を含有する燃焼排ガスを二酸化硫黄吸収塔の下部より供給し、その上部より供給された石灰石スラリーと接触させて前記排ガス中より二酸化硫黄を吸収し、該二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーを前記吸収塔の下部に設けられたタンクを介して循環タンクに供給し、該循環タンク底部近傍の前記石灰石スラリーを攪拌し、前記循環タンクの下部より取出し再び前記吸収塔に供給するとともに、前記二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリー中の石膏を回収する脱硫方法であって、前記タンク内の低pH石灰石スラリー中に空気を供給して前記石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化し、pHを上昇させて前記循環タンクに供給することを特徴とする排煙脱硫方法。」
これに対し、当審における特許異議申立人川崎重工業株式会社が提出した本出願前に国内に頒布されたことが明らかな甲第2号証刊行物(PROCEEDINGS: SYMPOSIUM ON FLUE GAS DESULFURIZATION-Hollywood, FL, November 1977 (Volume 1)、インダストリアル エンビロメンタル リサーチ ラボラトリー1978年3月発行、以下引用例という。)の第205~227頁には、「燃焼ガス脱硫のシンポジウム報告書」と題した報文が掲載されており、特に第1図にはシングルールループ強制酸化システムのためのパイロットプラントのフローシートが図示され、そこには、二酸化硫黄を含有する燃焼ガスを二酸化硫黄吸収塔の下部より供給し、その上部より供給された石灰石スラリーと接触させて燃焼ガス中より二酸化硫黄を吸収し、二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーを二酸化硫黄吸収塔の下部に設けた小タンクと流出液保持タンク(酸化器)を介して循環タンクに供給し、循環タンク底部近傍に設けた攪拌翼で石灰石スラリーを攪拌し、循環タンクの下部より石灰石スラリーを取出して再び二酸化硫黄吸収塔に供給するとともに、前記流出液保持タンク内にはその下部より空気を供給して該タンク内の石灰石スラリー中を亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化し、その石灰石スラリーを前記循環タンクヘ供給するようにした脱硫技術が開示されており、更に、二酸化硫黄吸収塔から流出液保持タンクヘ流出する石灰石スラリーのpHは、強制酸化を行ったランC、DではpH:5.2と低くなることが、また、循環タンクから二酸化硫黄吸収塔の上部へ再供給される石灰石スラリーのpHは、同じく強制酸化を行ったランC、DではpH:6.1と高くなることが夫々記されている。
そこで、本願第2発明と前記引用例に記載されてる発明とを対比すると、両者とも二酸化硫黄を含有する燃焼ガスの脱硫方法に関するものであり、本願第2発明の二酸化硫黄吸収塔の下部に設けられた「タンク」は引用例の二酸化硫黄吸収塔の下流に小タンクを介して設けられた「流出液保持タンク」に対応し、また、甲第1号証刊行物の発明においても、二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリー中の石膏は回収されるものと認められ、且つ流出液保持タンクの底部に供給され該タンク内で空気により酸化される石灰石スラリーのpHは低く、また流出液保持タンクの上部から取出される酸化された石灰石スラリーのpHは上昇しているものと認められるから、結局、本願第2発明と引用例の発明は、「二酸化硫黄を含有する燃焼排ガスを二酸化硫黄吸収塔の下部より供給し、その上部より供給された石灰石スラリーと接触させて前記排ガス中より二酸化硫黄を吸収し、該二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーをタンクを介して循環タンクに供給し、該循環タンク底部近傍の前記石灰石スラリーを攪拌し、前記循環タンクの下部より取出し再び前記吸収塔に供給するとともに、前記二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリー中の石膏を回収する脱硫方法であって、前記タンク内の低pH石灰石スラリー中に空気を供給して前記石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを硫酸カルシウムに酸化し、pHを上昇させて前記循環タンクに供給する」点で軌を一にし、ただ、本願第2発明が二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーを二酸化硫黄吸収塔の下部に設けられたタンクに供給し、そのタンク内で石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを酸化しているのに対し、引用例に記載の発明は、二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーを二酸化硫黄吸収塔の下部に設けられた中間タンクに一旦に貯溜し、その後ポンプにより中間タンクから流出液保持タンクに供給して石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムを酸化するようにしており、この点で両者間に相違が認められるだけである。
次に、上記の相違点について検討すると、引用例に記載の発明において、二酸化硫黄を吸収した石灰石スラリーを中間タンクに一旦貯溜してから流出液保持タンクヘ供給するように構成したのは、石灰石スラリーを吸収塔から受けると共に流出液保持タンク内の石灰石スラリーを循環させて石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムの空気吹込みによる酸化をたかめるためであり、一方本願第2発明もその第4図から明らかなように、タンク14内の石灰石スラリーはポンプによりタンク内を循環しながら酸化されているものと認められるから、酸化に際し石灰石スラリーをタンク内に循環させる点で両者は異なるところがない。なお、二酸化硫黄吸収塔からの石灰石スラリーを酸化用のタンクヘ供給するに際し引用例に記載の発明のように中間に貯溜用タンクを介して酸化用のタンクに供給するように構成するか、或いは本願第2発明のように二酸化硫黄吸収塔から直接その下部に設けた酸化用のタンクヘ供給するように構成するかは単なるプラント設計上の事項であり、当業者は適宜選択して設計することができるものと認められる。そして、引用例の発明においても石灰石スラリー中の亜硫酸カルシウムは高い酸化率(99%)で硫酸カルシウムに酸化されており、また燃焼ガス中の二酸化硫黄も高い脱硫率(79%、81%)で脱硫されていることからみて、本願第2発明の作用効果についても、引用例の発明の作用効果に比し、格別顕著なものがあるとは認められない。
従って、本願第2発明は、前記引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成4年4月2日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)